Home / ミステリー / クラックコア / 第001-3話 脱出方法

Share

第001-3話 脱出方法

Author: 百舌巌
last update Huling Na-update: 2024-12-25 17:17:00

(でも、ターバン巻いたヒゲモジャ連中しか居なかったよな……)

 工場には中東の連中ばかりだった気がする。もっとも、自分が見聞きした範囲内での考えだ。

 何か裏取引が関わって居る気がしないでも無い。最近の中国は政治的な影響力を拡大させたいのか世界中の紛争に首を突っ込んでいる。

(生き残りが俺しか居なかったのか?)

 だが、単なる戦闘員である自分に価値が有るとは思えなかった。

 製品には薬剤を掛けて最終処分し、生産設備は破壊するという簡単なお仕事だったのだ。

 もちろん、お宝もタップリ有ると話は聞いていた。当日はチェチェンマフィアが取引に来ていたのだ。

(頭痛が酷くなりそうだな……)

 彼は政治的な話には興味が無かった。

 引き金を引くのに政治は関係ないし、銃弾は政治を選んで当たったり外れたりしないからだ。

(このクソッタレな世の中で唯一の平等をもたらす物だからな……)

 そう考えてフフフッと笑ってみた。彼は刹那的な生き方をする方だ。自分の人生について達観している部分もある。

 日常的に人の生き死にに接しているからなのだろう。

 ディミトリは自分の頭を擦ろうと腕を伸ばすと管だらけなのに気がついた。

(何だっ! これはっ!!)

 自分の手を見て驚いた。まるで老人のように細くなっているのだ。

 そして、そこに無数の管やら電線が繋がれている。

(丸でマリオネットだな……)

 自分の身体が異様に重く感じるのは、食事をとっていないせいなのだろうと考えた。

(これじゃ、近接戦闘は無理っぽいな…… 逆に制圧されてしまう……)

 子供の頃から空手を習っていた事もあり、格闘戦は彼の得意分野のひとつでもあった。

 ところが、目の前にある自分の手は枯れ枝に指が生えているような感じなのだ。

 これでは相手をぶん殴っても逆に折れてしまいそうだった。

(随分と長い事入院していた様子だな…… まあ、爆発に巻き込まれれば無理ないか)

 入院していると痩せてしまうのはよく聞く話だ。ましてや大怪我をして動けないとなると筋肉がみるみる内に無くなっていく。

 何しろ食事をしっかり取れないことが多く、ほとんどが点滴で栄養を流し込んでいるだけなのだ。

 ディミトリも戦友を見舞いに行くことが多いが、連中が退院した後に苦労するのが体力の回復なのだ。

(爆弾の爆風をモロに受けたからな……)

 自分も体力の回復にどのくらい掛かるのか見当が付かなかった。

 もっとも彼にはそれ以上に懸念すべき事柄があった。

(監視の目をごまかして脱出する手段を考えないと……)

 ディミトリも長い軍歴の中で敵に捕まってしまったことはある。ゾッとしない経験だ。

 また同じ目に会うのはまっぴら御免だとも思っている。

 何とか脱出して原隊への復帰を図らねばならないと感じていた。

(まずは対象の観察からだな……)

 彼が何も言わないので諦めたのか、医者と看護師は溜息を付いて病室を出ていった。

 行動に移す前に対象を良く観察するのは、兵学校で叩き込まれた習性だ。

 そんな彼らを無視して、ディミトリは監視の目から逃れる手段を考えるのだった。

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Kaugnay na kabanata

  • クラックコア   第002-1話 脱出開始

     目が覚めてから数日たった。 医者は相変わらずやってくるが何も喋ろうとしないディミトリに手を焼いてるようだった。 繋がれていた管は殆ど取り払われたが監視は付けられたままだった。 それでも部屋の中を彷徨くぐらいには回復していた。(まずは現状を把握せねば……) 特殊部隊に居た事もあるディミトリは観察し分析するのも得意な分野だ。 部屋の外を観察した結果。自分が居る病室は二階で有るらしい。 そして、住宅街の真ん中に病院は位置しているらしい事は分かった。(まず、ここを脱出しないと……) 脱出するためにはいくつかの問題点がある。 まず、自分が今着ているのは病院のパジャマだ。脱出して外を彷徨くには着替える必要がある。 民家が近いのなら洗濯物が干されているだろうから途中で拝借すれば解決するだろう。(かっぱらいなんてガキの頃以来だな……) そう思ってディミトリは苦笑してしまった。裕福な家庭の出身では無い彼は、貧民街と呼ばれる街で育った。 正直な者が損をする仕組みが根付いている街だ。当然、彼はそんな街が大嫌いだった。 大人になって正規兵・特殊部隊・用心棒・傭兵と、戦う職業を転々と渡り歩いたのも偶然ではない。 強さこそが自分の証明なのだと、その街で叩き込まれたのだ。 後は道中に必要な金銭をどうするのかとか、移動手段に必要な車をどうやって調達するかだ。 何より、今どこに居るのかが分からないのも問題だ。(まあ、細かいことは良い……) 些か、行き当たりばったりな計画だが、まずは行動を起こすことが肝心だと自分に言い聞かせた。(まず、優先すべきポイントはここを脱出する事だ) 自分が目を覚ました事が軍の上層部に知られるのは時間の問題だろう。 そうなれば自白させるために拷問が待っている。 それだけはまっぴらごめんだとディミトリは思っていた。 ふと、見るとベッドの脇に小さな小机みたいのがある。普通そこには着替えなどが入っているものだ。 ディミトリは何気無く開けてみた。すると、そこには自分用と思われる着替えが収まっていた。(よしっ! これに着替えれば何とか脱出出来るかも知れない……) 嬉しくなったディミトリは早速広げて見た。だが、すぐに意気消沈してしまった。 小さすぎるのだ。自分の戦闘服が入っているかも期待してただけにガッカリしたのだ。(いや…

    Huling Na-update : 2024-12-25
  • クラックコア   第002-2話 金髪突進

     彼は人通りの多い大きい道路では無く、並行して繋がっているらしい住宅街の道路を歩いていく。 病院を抜ける時に人混みに紛れる必要はあったが、今はなるべく人目に付かないようした方が得策だ。 そう考えて住宅街をヒョコヒョコ歩いていた。まだ、上手く歩けないのだ。 そして、路地を曲がった所で地べたに座り込んでるニ人組が目に付いた。この手の連中は大概厄介だ。 金髪の男とヒョロヒョロの長髪の男。二人共に顔にピアスをしている。 ディミトリはチラッと見ただけで無視して通り過ぎようとしていた。「おい、お前っ!」「ちょっと待てよ……」 二人組が何やら言い出してきた。しかし、ディミトリは気にもかけない。ニ人組を無視して歩き続けた。「ガン付けてシカトこいてるんじゃねぇよ」「待てってんだろっ!」 なんだか意味不明な単語を並べながら二人共向かってきた。ディミトリィは揉め事は避けたかった。 そして、路地を曲がると走り出した。「待ちやがれっ!」 路地の入口を不良の一人が叫びながら曲がってくるのが見えた。(待て言われて待つ奴がいるかいっ!) ディミトリはそんな事を考えながら不自由な足を懸命に動かしていた。 身体が悲鳴を上げているのは分かっているが何とも出来ないでいる。ここで捕まる訳にはいかない。 だが、ディミトリは立ち止まってしまった。 奇妙なことに気がついたのだ。(あれ? なんで連中の言葉理解できるんだ??) ディミトリはロシア語を始めに欧州系の言語は読み書き出来る。だが、アジア系の言葉は馴染みが無い。 彼が知っているのは中国人くらいだからだ。(中国語なんて聞いたことも無いぞ?) そんな事を考えている内に金髪の男たちが追いついてしまった。「くっそチョロチョロ逃げやがってっ!」 そう言いながら先頭の男がディミトリの胸ぐらを左手掴み、右手で殴りかかろうと振りかぶった。 しかし、ディミトリはすんでの所で躱した。(ああ…… コイツ…… 戦闘経験が無いんだな……) ディミトリは躱しながら、そんな事をボンヤリと考えた。 彼の少なくない戦闘経験で胸ぐらを掴むなどやらないからだ。そんな手間かけずに殴ったほうが早い。 そして、金髪の腕が伸び切った所で腕を引っ張ってあげた。金髪の彼はそのまま勢いを付けて転んでしまった。 少し拍子抜けしてしまった。 彼は

    Huling Na-update : 2024-12-25
  • クラックコア   第002-3話 ガリヒョロ

    (なんだコイツラは……) ディミトリは、今まで相手にしてきた狂犬のような不良たちとの違いにうろたえてしまっている。  だが、面倒な人種に思えてきたので、さっさと逃げだそうかと思った時に声が掛けられてきた。「お前たちっ! 何してるっ!!」 そう怒鳴りながら警察官たちが近づいてきた。どうやら喧嘩をしていると通報されていたらしい。  警察官たちは傍に来てディミトリと不良二人とに引き離した。 喧嘩の様子を双方に聞いていたが、二人組は一方的に殴られたと主張している。  しかし、喧嘩の様子を見ていた警官は、金髪がディミトリの周りでコロコロと転がっていただけなのを見ていた。  結果、不良たちは厳重注意されていた。  だが、自分をジロジロと見る警察官はどこかに無線連絡している。それからディミトリに尋ねてきた。「君は大川病院から勝手に外出した人だね?」 「……」 ディミトリは何も答えなかった。周りを警官に囲まれているし、何か迂闊なことを言えば自分が不利になる思ったからだ。「保護依頼が出ているから一緒に来たまえ」 「……」 警察官はそう言うとディミトリをパトカーに載せた。彼も大人しく従っている。  何故かと言うと警官たちは警棒すら手にしなかったからだ。  自分の今までの常識では、警官は拳銃を構えて相手を制圧するのが常だったのだ。 最悪の場合は近接戦闘戦になると覚悟していたが拍子抜けしてしまった。  もっとも、今の状態でディミトリが包囲網を脱出できるとは思っていないのは事実だ。  だから、大人しく言うことに従っていたのだ。 不思議な事に手錠を掛けられる事無く警察署に連れて行かれた。(なんだ?) 脱走した捕虜の扱いは大抵酷い目に会わされるものだ。そうしないと、再び脱走を企てるからだ。  四、五人で取り囲んで袋叩きにする。自分もされたことが有るしやったこともあった。  だが、彼らはそうはしない。(く、国によってやり方が違うものなのか?) ディミトリは益々混乱してしまった。 警察署に到着すると先程の警察官が、トイレを指さして言ってきた。「取り敢えずは顔を洗って来なさい……」 ディミトリはトイレの洗面所に入っていく。汗と血痕でひどい格好になっているらしかった。  洗面台の蛇口を捻ると綺麗な水が出てくるのに軽く驚いた。  シリアの基地

    Huling Na-update : 2025-01-07
  • クラックコア   第003-1話 問診

    元の病室。 どうやら自分が今いる場所はダマスカス(シリアの首都)では無いとディミトリは理解したようだ。 ビルが立ち並んでいるのが見えていたので、勝手にそう思い込んでいただけだった。 そして中国でもない。もっと東にある日本という国なのだと知った。(違いが分からん…… で、どこだ?) ディミトリには中国も日本も新聞の記事でしか見たことが無い。なので、地理的なイメージが湧かないらしい。 だが、場所などはまだまだ些細な事だ。 彼はもっと深刻な問題を抱えている最中だった。(なんで、見知らぬ小僧の身体になっているのか……) にわかに信じがたい状態にあるのだ。 目が覚めたら自分が他人になっている。こんな話は聞いたことが無い。 しかも、困った事に自分は違う人間だと証明しようが無い事だった。 すっかり取り乱したディミトリは警察署のトイレで大声で騒ぎ出したようだ。 それを警察官たちはなだめるのに大変だったらしい。 やがて、興奮のあまり気を失ってしまったディミトリは病院に戻されてしまっていた。「じゃあ、君が覚えていることを教えてくれるかな?」 鏑木医師がディミトリに尋ねた。彼は入院した時からの担当医だ。 警察署での様子を付添の警察官から聞いた医師は心配事が増えたようだった。 しかし、具体性の無い質問を言われても分からない。「ナルト……」「?」 ディミトリは日本で知っている唯一の単語を口にしていた。 日本のアニメ好きの同僚が口にしていたものだ。 彼は忍者に憧れていたので武器の一種なのだろうと推測していた。「ナルト? ラーメンに入ってるヤツ?」「え?」 今度はディミトリが混乱してしまった。(ラーメンってなんだ?) 意味不明な単語に戸惑ってしまった。だが、ディミトリの腹が『ぐぅ~』と鳴るので食い物関連かも知れないと考えた。「ああ、アニメの方のナルトね……」「!」 ディミトリの戸惑った表情で、違う方の『ナルト』だと気がついた医師はアニメだと思ったらしい。 医師もアニメは知っているらしかった。きっと有名なのだろう。 その様子にディミトリは頷き返した。「アニメは好きなのかな?」「どうでしょう…… あまり覚えていません……」「ふむ……」 医師はカルテに何かを書き込んで質問を続けた。「自分の名前は?」「……」 まさか『ディ

    Huling Na-update : 2025-01-07
  • クラックコア   第003-2話 苦悩の始まり

    「……」 もっとも、ディミトリにしても自分が置かれている状況が掴めていない。  そんな状況で下手な受け答えをして言質を取られてしまうと、後々拙い事になるのは良くある話だ。  沈黙が状況の改善をしてくれるのを彼は願った。 これが軍関係の尋問であるのなら簡単だ。自分の所属する軍と名前だけを答えていれば良い。  もっとも、尋問官は拳で語りかけることが多いので、無事で済んだ事の方が皆無だった。「記憶障害かもしれないな……」 医師は何も答えようとしないディミトリに匙を投げた。  取り敢えず、様子見と称して薬を与えて経過を見るに留めるしかないと判断したようだった。  医師は傍らにいる看護師に手で合図した。すると看護師は。「今、君の保護者がいらっしゃるからちょっと待っててね……」 そう言って看護師はニッコリと笑った。怪我をしてなければバーで一杯奢りたくなる笑顔だ。  しかし、ここは病院で自分は未成年の立場だ。見た目が小僧では相手にもして貰えないだろう。  彼女を口説くことが出来ないのを残念に思っていた。 ディミトリが警察署のトイレで、大声を上げながら騒いだので保護者が呼ばれたらしい。 看護師に案内されて一人の老婆が診察室に入って来た。 その老婆はディミトリも知っていた。よく病室に来ていたからだ。  来るたびに部屋の片付けや掃除をしてゆくので、病室の掃除の担当だと思いこんでいたぐらいだ。  医者の話では自分の祖母にあたるらしい。道理で愛想が良かったはずだ。「家族をいっぺんに失われて記憶障害が出ているようです……」 人間は辛いことが大きすぎると心を護るために、記憶を封印してしまう事があるのだそうだ。  ディミトリに出ている症状はそうなのだろうと医師は判断したらしかった。  医師は入ってきてディミトリの隣に腰掛けた老婆にそう告げていた。  老婆はウンウンと頷いている。彼女からすれば可愛い孫が無事だったら何でも良かったのかも知れない。 そして、事故の経緯や術後の経過観察などが説明されていく。  どうやらディミトリが入り込んでる少年の家族は、交通事故で全員が死んでしまっているらしい。  少年だけが重症だが助かったようなのだ。  どうりで目覚めた時に管だらけだったはずだ。(しかし…… 何故、こうなった……) 少年が病院にいた原因は分

    Huling Na-update : 2025-01-07
  • クラックコア   第004-1話 入れ替え

    タダヤス祖母宅。 色々と驚愕させられることの多い毎日だが、もっと驚愕することがあった。 何気なく見た新聞の日付がそれだ。 なんと工場を襲撃した時から数年経っているのだ。(色々と覚えることが多すぎて日にちまで気が回らなかったぜ……) 何となく季節が違うなとは思っていたが、爆発で重症を負ったので長期入院なのだと思いこんでいた。 まさか、何年も経過しているとは思っていなかったのだ。(次は何にビックリすれば良いんだ……) ディミトリは朝方はランニングをするようにしている。これは彼が傭兵だった時からやっていた事だ。 基礎的な体力を付けるにはランニングが一番だからだ。 それに考えに没頭できる所も気に入っている。(脳がどうやって移植されたのかを調べる必要があるな……) ランニングから帰宅したディミトリは早速洗面所に向かった。 ディミトリは脳が丸ごと移植されたと考えている。「…………」 洗面所で自分の頭をジッと見つめている。 脳を移植された傷跡を探しているのだ。きっと手術跡などが有るはずなのだ。 ディミトリは戦闘で怪我をする事が多かったので、体中が手術跡だらけだったのを思い出していた。「うーーーーん……」 手鏡をアチコチかざしてみたが、手術跡など何処にもなかった。 普通に考えて頭蓋骨を切り開かないと脳は入れ替えが出来ないはずだ。しかし、頭をいくら見てもそんな跡は無い。(んーーーー…… どうやったんだ?) 日本は科学技術だけでは無くて、医療技術も発展しているのだろう。だから、跡の残らない手術が可能だったのかも知れない。 自分が日本に居るのはそういう意味なのかと取り敢えずは納得させた。(取り敢えずは中に入れることが出来るのだから元に戻す方法も有るはずだ……) ディミトリは元の自分に戻る方法を考えることにした。 普通なら若返ったと喜びそうだが、知らない他人の身体では気味が悪い方が勝っている。 それに、こんな枯れ枝に手足を付けたような、貧弱な身体は気に入らなかったのだ。 強さこそ己の証明みたいな所のある傭兵あがりには弱いと思われるのが嫌なのであろう。(原因も理由も分からなければ、いつ消えても不思議じゃないからな……) 確かにいつ自分が消えてしまうのかを考えると恐怖で狂いそうだ。(何とかしないと……) そんな事を考えていると、

    Huling Na-update : 2025-01-08
  • クラックコア   第004-2話 化学反応

     ふと、ディミトリは有ることを思いついた。「子供の頃の写真が有ったら見せてください……」「はいはい、一杯撮ってあるわよ~」 ディミトリがそう言うと、祖母はいそいそと嬉しそうに写真を取り出してきてアレコレ説明を始めた。 医者の話では記憶障害となっているので、その解決の糸口にでもなればと考えているようだ。「この時はね……」 彼女は大量の写真が収められたアルバムを持ってきて並べ始めた。 タダヤスが子供の頃の写真。何とも可愛らしい子供の写真だ。「これが小学校の入学式の時に撮ったのよ……」 親子三人で撮影された写真。タダヤスを間に挟んでニコニコと笑っている一家の写真だった。 どうやらタダヤス一家は三人家族だったらしい。「これが運動会で…… これは学校発表会で……」 運動会や学芸会という謎の行事。これは生徒の家族を呼んで見せる催しらしい。 彼女は次々と写真を示して、事細かく説明していく。 だが、何も思い出せない。「保護者会の時に……」(何だか普通の子供の写真だな……) 自分が持っている子供の頃の記憶は、クラスメートと喧嘩した事ぐらいしか思い出せない。 ディミトリの親は子供に関心が無いので、写真など存在していなかった。 学校にも家庭にも良い思い出などなかったからだ。「この時は学校で怪我をしちゃって大騒ぎだったわ……」(タダヤスの記憶の欠片でも残ってても良さそうなんだがな……) 自分が急に日本語を理解できるようになったのは、タダヤスの記憶が蘇りつつあるせいではないかと推測していた。 そうで無ければ、目覚めて数日で聞いたこともない言語が理解出来るとは思えないからだ。 しかし、タダヤスの両親の写真を見せられても、何も思い出すことは無い。「この時に貴方のお父さんが昇進してね……」(記憶が上手く繋がらないのだろうか?) 記憶は連鎖反応のような物だと聞いたことがある。 学習というのは、それを効率的に引き出すことが出来るようにする訓練なのだ。 まあ、訓練が上手なやつと苦手なやつが居るが、ディミトリは後者の方だった。「それから学校で飼育されてたうさぎが死んじゃってね……」(まあ、中学時代に習った科学の先生が言っていた事だがな) そういえば、あの先生は無神論者だと公言していたのも思い出した。 何故かディミトリは嫌われていて、良く呼

    Huling Na-update : 2025-01-08
  • クラックコア   第005-1話 意図的消去

     ディミトリが自室として割り当てられたのは六畳ほどの部屋だ。 元々はタダヤスの父親が使っていた部屋らしい。勉強机などがそのまま残されていた。 高校を卒業すると同時に大学の寮に入ったので、年に数回帰ってくる時以外は使わなくなったのだそうだ。「この部屋に有るものは全部使って良いわよ~」 祖母はそう言っていた。 もっとも、大した飾り気の無い部屋だった。空気を入れ替える時以外は、誰も入らなかったのであろう。 少し埃が籠もっているような気がする。 壁には昔の野球やアイドルのポスターなどが張られていた。 本棚には教科書や参考書があり、漫画本も少しだけ置かれていた。 タダヤスの元いた部屋も似たような感じだった。さすがは親子だなとディミトリは思った。 もっとも、タダヤスの部屋のポスターは、アニメのキャラクターだらけだった。「ネットが出来る環境が必要なんだがな……」 部屋を見回してみるとパソコンが無い事に気がついた。大学の寮に入る時に持っていたのだそうだ。 色々と調べてみるとインターネットに繋ぐための設備は無かった。「折角、ノートパソコンが有るのにな……」 タダヤスの祖父は物を買うとそこで満足してしまう質だったようだ。 大して使っていなかったらしい。 そこで、祖母に頼み込んで自分用のスマフォを購入し、LTE接続で使えるようにしてもらった。 手短な所でネット環境が整ったので、ディミトリは早速自分を検索してみた。『NOT FOUND』 何も引っ掛からない。 普通ならフェイスブックとかのSNSに一つくらい掛かりそうだが、見事に無いのだ。「う~ん……」 思いつくキーワードは色々試すが何も出てこなかった。小学校や中学校の名簿を調べてみたが無かった。 まるでこの世にディミトリが存在しなかったような感じさえある。「………………」 もっとも、秘匿性の高い作戦に従事することが多かったので、目立ったものは何も出ては来ないと思っていた。 暫く探し回っていたディミトリは違和感を覚えた。 だが、自分が関与した作戦は実際にネットに掲載されているのを見つけている。 もちろん、部隊名や作戦名は出てこないが、新聞記事などから推測出来るのだ。「俺の妄想では無いのは確かなんだがな……」 記事の内容と自分の記憶に齟齬が余りないことから実際に事件が有ったのは確か

    Huling Na-update : 2025-01-08

Pinakabagong kabanata

  • クラックコア   第077-2話 上書き保存

    (まあ、上書きされるのだから消えてしまうのだろうな……) 一家は全滅するわ脳は乗っ取られるわで、ワカモリタダヤスは地球上でもっともツイテナイ奴だったようだ。(しかし、見ず知らずの小僧に上書き保存されているのか……) 何だかパチモンのUSBメモリーに保存された、違法ソフトの気分に成ってきたのだった。「最近、偏頭痛が酷くないかね?」「ああ、失神してしまうぐらいに手酷いのが襲って来るよ」「その偏頭痛は副作用的なものだな」「……」「他人の脳に無理やり書き込んでいるので、脳の処理が追いつかず肥大化しはじめとるんじゃ」「すまない。 人間に優しい言葉にしてくれ……」「脳の活動が活発になりすぎている。 なら良いか?」「ああ……」「やがて脳が肥大化しすぎて機能停止してしまうかも知れんな…… ふぇっふぇっふぇ……」 博士がそう言って力無く笑い声を出した。「そうか…… じゃあ、元に戻るには自分の身体が必要と言うことだな?」「……」 ディミトリは相手に書き込みが出来るのなら、元に戻すことも出来るのではないかと考えたのだ。 それで博士に質問してみたのだが彼は俯いて黙ったままだった。「?」「……」 ディミトリは振り返って博士を見た。項垂れている。明らかに様子がおかしい。「博士?」「……」 アオイが博士の身体を揺さぶってみたが反応は無い。 彼女は博士の首に指を当てて呟いた。「死んでるみたい……」 博士は椅子に座ったまま絶命していた。シートの下に血溜まりが見えている。 ヘリコプターが飛ぶ時の銃撃戦の弾丸が腹部に命中していたのだった。「くそっ、肝心なことを言わずに……」 一番聞きたかった所を言わずに博士は逝ってしまったようだ。 ディミトリの自分探しの旅は終わりそうに無かった。見知った天井。(うぅぅぅ…… ここはどこだ?) ディミトリは眩しそうに目を開けた。眩しいのは自分の頭上にある蛍光灯のせいのようだ。 だが、視界が定まらないのかグルグルと部屋が回っているような感覚に襲われている。いつもの既視感である。(くそ…… またかよ……) どうやら、お馴染みの大川病院であるようだ。 ディミトリはジャンたちが使っている産業廃棄物処理場にヘリコプターを着陸させた。ここなら無人であると思っていたのだが、考えていた通りに誰も居なかった。ヘリコ

  • クラックコア   第077-1話 斜め上の努力

    ヘリコプターの中。 ディミトリたちを載せたヘリコプターは川沿いに飛行を続けていた。普段、見慣れないヘリコプターが低空飛行をする様子を、川沿いの人たちは驚きの顔を向けていた。 操縦席にディミトリ。後ろの席に博士とアオイが乗っていた。「なぁ博士。 クッラクコアって手術はどうやるんだ?」 ディミトリが後部座席に座っている博士に質問をした。何か話をして気を紛らわさないと痛みに負けそうだからだ。「簡単に言えば、人の脳に他人の記憶を書き込む手術のことだ」 博士が素っ気無く答えた。アオイが吃驚したような表情を浮かべていた。「そんな事を出来るわけが無いだろ」 ディミトリは笑いながら答えた。普通に考えて滑稽な話だからだ。「じゃあ、今のお前は何なんだ?」「……」 そう言われるとディミトリも困ってしまった。何しろ自分は東洋の見知らぬ少年の中に居るからだ。 魂とは何かと言われても哲学や医学の素養が無いディミトリには無理な話だ。「世間が知っている技術では出来ないというだけの一つの話に過ぎないんじゃよ」 そう言って博士はクックックッと笑った。 どうやら博士は他にも色々と問題のありそうな手術をした経験がありそうだ。(ドローンの盗聴装置の話みたいだな……) ロシアのGRUに居た友人の話で、ドローンを使った盗聴装置の話を聞いたことがある。 ドローンからレーザー光線を出し、それがガラスに当たった振幅を解析する事で、部屋の中の会話を盗み聴きするヤツだ。既に実用化されていて、今は人工衛星を使っての同種の装置を開発しているのだそうだ。 これ一つ取っても科学技術の進歩の凄まじさが伺えるようだ。(犬に埋め込んだ盗聴装置もあったしな……) 生物の代謝に伴うエネルギーを電源に使うタイプの盗聴装置だ。これだと長い期間動作が可能になる。 これが対人間相手の技術なら、その進歩はもっと凄いことになっていそうだとディミトリは思った。「科学の世界には、表に出てない技術が山のように有るもんだよ」「クラックコアもその一つなのか?」「もちろんだとも」 人間の記憶というのは神経細胞のシナプスに化学変化として蓄えられている。その神経細胞を構成するニューロンの回路としてネットワーク化される。無限とも言える変化の連続を、人間は記憶と呼んでいるのだ。 そして、記憶と記憶を結びつける行為を

  • クラックコア   第076-2話 二つの水飛沫

     ディミトリは操縦席に乗り込んだ。ここからは時間との勝負だ。(まず、バッテリースイッチを入れてスタートに必要なスイッチをONにして電源を入れる……) 昔教わった手順を思い出しながら、次々とスイッチを入れていった。その間も入り口の方から銃撃音が聞こえる。 銃弾を撃ち終えたアオイがヘリコプターに乗ってきた。博士もちゃっかり乗っかっている。「側面ドアを紐か何かで結んでおいて!」 容易に乗り込めないように紐で結んで固定させてしまうのだ。少しは時間が稼げる。(エンジンスタートスイッチを入れてスターターを回し空気圧縮開始……) 覚えている手順を口の中で反芻しながら計器を見つめていた。 ここで駄目なようだったら最初からやり直しだ。だが、その時間は無さそうだ。『くそっガキがあ~』『なめてんじゃねぇぞ!』 ドアを叩きながら怒鳴り声を上げているのが聞こえた。 どうやら、ディミトリが用意したスマートフォンのトラップが見破られたらしい。(確か、この回転数…… エンジン点火……) ジェットエンジン特有の甲高い音が響き始めた。エンジン始動は巧く行ったようだ。 銃声が聞こえ始めた。どうやら、鍵がかかっていると思い始めたのだろう。 ドアノブの周りに穴が空き始めた。「急げっ! 急げっ!」 ディミトリがエンジンの回転数を見ながら声を上げていた。(回れまわれ!) ヘリコプターのメインローターがゆっくりと回り始めた。そして、十秒もしない内に回転速度を早めていった。 やがて、ヒューイ独特の風切り音もし始める。『え?』『え?』『ヘリを動かしてるのか?』『ふっざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!』 ジャンたちも漸く自体が飲み込めたらしい。追い詰めたと思ったのにまさかの逃走手段を使っているのだ。(よしっ! イケる) ディミトリはコレクティレバーを引いた。これで揚力を制御して浮き上がるのだ。(ふふふ、俺ってばクールだぜ!) そして、ヘリコプターが浮き始めるのと、屋上のドアが開くのは同時のようだった。 中から複数の男たちが走り出しているのが見えた。中には銃を撃っているものも居た。カンッ、キンッ、ビシッ ヘリコプターの飛翔音に混じって異質な音が聞こえていた。サイドドアに付いている窓にヒビが入る。「ふっ、無駄だね!」 ディミトリはヘリコプターが浮き始めるのと同

  • クラックコア   第076-1話 教官激怒

    「よさんかっ! わしが居るのが見えないのかっ!」 博士がジャンたちに向かって怒鳴った。しかし、彼らの返礼は銃弾だった。「ひぃー……」 博士は荷物の影に再び隠れた。「何故にわしを撃つんだ……」「もう必要が無くなったんだろ」 ディミトリは自分が本人である事を認めたので、博士の役割が終わったのだろうと推測したのだ。「貴重なサンプルなのだから殺すなと言っておいたのに……」 博士としては成功した理由を明らかにしたかったのだ。 だが、ジャンたちの目的が科学者特有の知的な好奇心では無いのは明白だ。 それは、ディミトリが握っている麻薬組織の巨額な資金なのだ。 クラックコアが有効な方法であると分かったのなら、今の反抗的なワカモリタダヤスに入っているディミトリは不要だ。 『従順なディミトリを再び作れば良い……』 こう、結論付けるのも無理は無い。 自分でもそうするとディミトリは考えるし、何より彼らが焦りだした理由のほうに興味があった。「くそっ逃げ道が無い!」 反撃しているが銃弾の残りも心細くなってきた。このままでは拙い事は確かだ。「おい…… 屋上にヘリコプターが有るぞ!」 博士が銃撃音に負けないように大声で教えた。「……」「分かった屋上に向かおう!」 ディミトリは暫し考え、騒音に負けないように怒鳴り返した。(操縦出来る奴であれば良いが……) 撃たれないように頭を低くして通路を素早く走り抜ける。その間も、走る後ろに向かって牽制の射撃は忘れない。こうすると、相手の追撃が鈍るのは経験済みだからだ。 博士も仕方無しに付いてきてるようだ。残ってもジャンたちに殺されると思っているのかも知れない。 ふと見ると撃たれて倒れている男がいた。ジャンの部下であろう。懐からスマートフォンが見えていた。(これを使わせてもらうか……) ディミトリはスマートフォンを手に持ち録画状態にした。自分の射撃する音を録音させる為だ。 そして、アプリを使って無限ループで再生するようセットした。これを使ってジャンたちの気を逸らすためだ。上手くすれば何分かの時間稼ぎが出来るはず。 ディミトリもヘリコプターのエンジンの掛け方ぐらいは知っている。そして、手順が厄介なのも知っていた。 何しろヘリコプターは車と違って直ぐには飛べない乗り物だ。どんなに巧くやっても、最短で二分はかか

  • クラックコア   第075-3話 俺の記憶

    「ぐあっ!」「うわっ!」 ジャンたちは急な発光に気を取られてしまった。 一方、コインを指に挟んだまま発火させた男は、親指と人差指が半分無くなってしまっていた。急激だったので指を放すタイミングを失ってしまっていたのであろう。「!」 ディミトリは相手が油断した空きを逃さなかった。反撃の開始だ。 相手のベルトに刺さっていた銃を奪い、ジャンたちに向かって連続で射撃した。正確に命中する必要は無い。相手の視界が回復する前に行動不能になってほしいだけだ。 弾丸はジャンや手下たちの腹に命中したようだった。 それから、後ろに居た男の頭を撃ち抜いた。椅子に座ったままだったので、顎の下から頭を撃ち抜くような感じだ。 男の脳みそが天井に向かって飛散していく。 室内に居た全員が倒れたすきに、ディミトリはナイフを使って手足の結束バンドを外した。それからジャンの手下たちのとどめを刺して回った。 ジャンは腹に当たっていたと思ったが逃げてしまっていた。中々に逃げ足が速い男だ。 しかし、ディミトリは追いかけようとはせずに博士の所に歩み寄った。 博士にも弾幕の一発が当たっているらしく肩から血を流していた。「俺の記憶とやらは何処にあるんだ?」「わ…… わしの研究所だ……」 いきなりの展開に腰が抜けてしまったのか、博士は床に座り込んだままだった。 荒事をするのは得意だが、されるのは苦手なタイプなのだろう。「研究所の何処だ?」「……」 博士は質問に黙り込んでしまった。ディミトリは博士の傍に座り込んで顔を覗き込んだ。だが、博士は黙ったままだ。 ディミトリは銃痕に指を入れてかき回してやった。博士の口から鋭い悲鳴があがる。「私の研究室にあるサーバーの中だ。 Q-UCAと書かれているハードディスクの中身がそうだ!」「ふん」 知りたいことを聞いたディミトリは立ち上がった。(さて、ジャンの奴を逃しちまった……) 自分の事を散々追いかけ回した彼には、是非とも銃弾を大量にプレゼントしてやりたかった。 だが、ここにはジャンの手下が沢山居るはずだ。相手のテリトリーで戦うような間抜けではない。「怖いお友達が来る前に逃げ出すか……」 ディミトリは倒れているアオイを助け起こして部屋を出ていった。 もちろん、博士も連れて行く事にした。聞きたいことが他にもあるからだ。 ディミ

  • クラックコア   第075-2話 白いコイン

    「早くしないと君の魂はタダヤスから消えてしまうよ……」「……」 そう言うとニヤリと笑った。それでもディミトリは黙ったままだ。「自白剤を使いますか?」 ジャンは時間が惜しいので、さっさと自白させようと薬を使うことを提案してきた。 自白剤とは対象者を意識を朦朧とした状態にする為の薬剤だ。 人は意識が朦朧としてくると、質問者に抗することが出来なくなり、機械的に質問者の問いに答えるだけとなる。 しかし、副作用も酷く自白の中に対象者の妄想が含まれる場合も多いので信頼性が低くなってしまう。捜査機関などでは使われることが少ない薬剤だった。「そんな事をしたら折角の記憶が無くなるよ?」 博士が素っ気無く答えた。彼からすれば記憶に関する障害をもたらす薬品など論外なのだろう。 それは自分の研究成果が台無しになる事を意味する。金も研究成果も欲しい欲張りな性格なのだろう。「それに彼は拷問に対処するための訓練を受けているんだよ」 博士はディミトリの軍にいた時の経歴も掌握していた。「その女の子を痛めつけ給え、彼はきっと助けようとするだろう」 博士がアオイを指差した。恐らくモロモフ号の事も知っているのだろう。 アオイには特別な思い入れは無いが、自分の所為で他人が痛めつけられるのは気分の良い物では無いのは確かだ。 やっと出番が来たと思ったジャンはアオイをディミトリの前に連れてくる。 そしてジャンはおもむろにアオイを殴りつけた。殴られたアオイは転倒してしまう。「やめろっ!」「話す気になったかね?」 博士はニヤニヤしたまま聞いてくる。ジャンも手下たちも同様だった。「彼女は関係無いだろうがっ!」「相手のウィークポイントを責めるのが尋問のイロハだろ?」 そう言うとジャンはアオイの頬を再び殴りつけた。アオイの鼻から出る鼻血の量が増えてしまった。「分かった、分かった…… 教えるから辞めてくれ」 ディミトリが仕方がないので暗証番号を教えると伝えた。 ジャンと博士はお互いの顔を見てニヤリと笑った。 ジャンが手下に顎で指示をすると、手下はノートパソコンをディミトリの前に持ってきた。「手を動かせるようにしろ」 ノートパソコンを前にしたディミトリは言った。操作する為だ。「駄目だね。 お前さんの手癖の悪さはよく知ってるよ」 ジャンがニヤニヤしながら言った。「

  • クラックコア   第075-1話 初老の男性

    「俺たちに任せてくれ! 三十分で吐かせて見せます!」「ああ、タップリ目に痛い目に合わせてやりますよ!」 部下たちが口々に言い募った。仲間を殺られたのが悔しいらしい。 それに、部下たちはディミトリの正体を知らないようだ。見た目が生意気な小僧に騙されているのだろう。「バカヤロー。 ぶん殴って白状する玉じゃねぇんだよ!」 ジャンは部下の方に向いて怒鳴った。 ディミトリは元兵士で拷問への対処法を熟知しているからだ。もちろん、限界が有るのだろうが、それを確かめるには膨大な時間を浪費しなくてはならなくなる。 ジャンはディミトリの正体を知っているので、無駄な時間は使いたくないと考えていたのだ。「あの女を連れてこい!」 部屋の外から女が一人連れて来られた。片腕を乱暴に掴まれて部屋の中に引き摺られるように入ってきた。 それはアオイだ。やはり捕まってしまっていたようだった。 アオイが連れてこられるのと一緒に初老の男性が入ってきた。「やあ、若森くん。 相変わらず元気そうだね」 彼はニコニコしながらディミトリに話しかけて来た。「君の活躍は色々と聞いてるよ」「……」「それともデュマと呼んだ方が馴染みが良いかね?」 彼はディミトリの渾名すら知っていた。「アンタ、誰?」 ディミトリは興味無さそうに聞いてみた。本当は興味津々だが、この相手に弱みを見せるのは拙いと感じているからだ。 情報の引き換えと同時に何を要求されるのか分かった物では無い。油断ならない相手だと判断したのであった。「私の名前は鶴ケ崎雄一郎(つるがさきゆういちろう)」 初老の男は長机の上にあるディミトリの私物を手に取って眺めながら答えた。「君の手術を担当した脳科学者さ……」 彼がディミトリに脳移植をした博士だったのだ。「君とは手術が終わった時に一度逢ってるんだが…… 覚えてないみたいだね」「……」 そう言ってニコッリと微笑んだ。ディミトリは黙ったままだった。本当に記憶に無いからだ。 だが、想定内であったのだろう。博士はニコニコとしている。ディミトリの反応を楽しんでいるようであった。「さて、君には質問が幾つか有るんだが……」 博士はディミトリの傍に立ち、見下ろしながら質問を始めた。「さて……」「聞く所によると君は麻薬組織の売上金。 百億ドル(約一兆円)を掻っさらったそうじ

  • クラックコア   第074-0話 派手なシャツの男

    何処かの倉庫。 ディミトリは倉庫と思われる場所に一人で居た。 その顔は腫れ上がっており、片目が巧く見えないようだった。口や鼻から出た血液は乾いて皮膚にへばり付いている。 恐らく仲間をやられた報復で、散々殴られていたようだ。(くそっ……) 気が付いたディミトリは腕を動かそうとした。だが、出来ないでもがいていた。 安物っぽいパイプ椅子に両手両足を拘束されていた。両手両足をそれぞれ別のパイプに拘束バンドで止められているのだ。 これでは解いて逃げ出すのに時間が掛かり過ぎてしまう。 彼の逃げ足が早いことを、灰色狼の連中は知っているのだろう。(身体が動かねぇな……) 部屋には中央に灯りが一つだけ点いていた。壁際に監視カメラがある。室内に見張りが居ないのはこれで監視しているのだろう。 入り口には長机が置かれてあり、その上にディミトリの私物が並べられている。 暫くすると入口のドアが開いて何人かの男たちが入ってきた。 ディミトリが意識を取り戻したのに気が付いたらしい。「コイツを殴るなって言ったろ?」 派手なシャツを着た男が、ディミトリの様子を見て怒鳴った。ディミトリが怪我をしているのが気に入らないらしい。「すいません……」「コイツにケンジを殺られたんで…… つい……」 何だか派手なシャツを着た男と、スーツ姿の男二人がやり取りをしている。 ケンジとは誰なのか分からないが、ディミトリが殺った奴の一人であるのは間違いない。 シャツの男がコイツラの頭目だろう。(じゃあ、コイツが張栄佑(ジャン・ロンヨウ)か……) ジャンは灰色狼の頭目だとケリアンが言っていた。そして、目的の為には手段を選ばない男だとも聞いている。 性格が冷酷で厄介な相手であるのは間違いない。「特に顔を殴るのは良くない……」 ジャンは座らされているディミトリの周りをゆっくりと歩きながら言った。ディミトリの怪我の具合を確認しているのだろう。 見た目は酷いが死ぬことは無さそうだ。 ジャンが歩く様子をディミトリは目で追いかけながら睨みつけていた。「もし記憶が飛んでいたら、今までの苦労が水の泡に成っちまうからな」 そう言って笑いながらディミトリの頭を掴んで自分に向けさせた。そして顔を近づけてディミトリの目を覗き込んだ。 まるで相手の深淵を汲み上げようとするような鋭い目つきだ。

  • クラックコア   第073-0話 狐のアイマスク

     その場に居たパチンコの客たちは、一瞬に呆気に取られてしまっていた。だが、直ぐに店内は悲鳴と怒号に包まれていく。「え?」「ええ!?」「ちょっ!」「ああーーーっ! 俺のドル箱に何をする!」 誰かが大声で喚いていた。それでも、彼らはパチンコのハンドルを握る手を緩めない。 リーチ(大当たりの前兆)が掛かるかも知れないからだ。緊急事態より眼の前にある台の去就の方が大事なのだろう。 普通の人とは感覚が違うのだからしょうがない。 そんな喧騒とは別に運転席でモゾモゾと動く影があった。「痛たたた……」 ディミトリだ。彼は無事だったようだ。すぐに自分の両手を握ったり開いたりして怪我の有無を確認していた。 足の無事を確かめようとして、顔が歪んでしまった。どうやら打ち所が悪い部分があったようだ。(ヤバイ…… 早く逃げないと……) ふと見るとディミトリは自分の銃の遊底が、引かれっぱなしになっているのに気がついた。弾丸を撃ち尽くしたのだ。 予備の弾倉も使い切っている。(コイツは何か得物を持ってないか……) 助手席で事切れている男の身体を触ってみた。すると男の懐にベレッタを見つけた。弾倉はフルに装填されている。 右手が銃床を握っているので取り出そうとしたのだろう。乗り込もうとした時に銃撃したのは正解だったようだ。 ディミトリは銃を奪い取ってから、予備の弾倉を探したが持っていなかった。(まあ良い。 これだけでも闘える……) そして、懐から狐のアイマスクを取り出して被った。(くそっ、玩具のアイマスクしか無いのかよ……) 本当は目出し帽で顔を隠したかった。だが、狐のアイマスクしか無かったのだ。 これはケリアンが手配してくれた車のシートポケットに入っていた物だ。恐らくシンウェイの物であろう。(無いよりマシか……) パチンコ店の至る所に監視カメラがあるのは承知している。それらの監視の目を誤魔化す必要が有るのだ。 これだけの大騒ぎを起こしたのだから、警察が乗り出すのは目に見えている。いずれバレるだろうが、今はまだ警察相手にする余裕が無い。時間稼ぎが目的だ。(時間を稼いで楽器ケースにでも隠れて外国に逃げるか……) ディミトリは足を少しだけ引き摺るように階段を下りていった。最早、痛みがどうのこうの言ってられない。 急がないと駐車場ビルから、奴らがすぐ

Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status